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2008.06.09 (Mon)

空白の一ヶ月

更新をお休みしていた間にあったことを少し書きます。

ちょうど、GWのころですが、私の友人が失踪し、数週間後に遺体で発見されました。
硫化水素自殺でした。

このことにショックを受けて寝込んでいた、とかでは全然ないんですが、なんだかちょっとだけ、自分の非力を嘆いていた、と言う感じで、でもまぁ、済んだことは「日にちが経てば薄れる」と言うことを知っているので、ただ普通にいつものように過ごしていました。

そして、そう言う関係の(←何か変な言い方ですが)サイトを見たりとかもしてたんですが。。。


以下、完全に私論ですので、あまり個人感情で突っ込まないで欲しいんですが



自殺や心の病気についての見解を、当該者サイドから書かれたものって私はどうもニガテと言うか、正直なところ九分九厘が、理屈ぬきにイラっとしてしまうんですね。
どれだけ「相手の立場に立って」と自分に言い聞かせてみてもやっぱりイラっときてしまう。
それはなぜかと言うと、自分が「自殺された側の人間」だからなんですね。
具体的な話をしますと、自殺された後の片付けというのがこれまた、尋常じゃないくらいに疲れるんです。これは、未遂含みます。睡眠薬多量摂取だと、発見が遅れると内臓停止しちゃうもんで、即胃洗浄なんですが、内臓停止したあとの胃洗浄した人の臭いって強烈なんですよ。
異臭漂う病室で、お医者さんや看護士さんに平謝りしながら患者に付き添うときのあのせつなさは、(こういう言い方はあまり好きじゃないですが)経験したものにしかわからないと思います。

付き添う、ってことは、普通に、身内か近親者ですよね。つまりそのくらい身近な人にこういうことされる自分、なんなんだろう?と、異臭漂う、時計の音しかしない病室でだんだん自分の存在価値自体がぼやーっと薄れてくるんですよね。
ちなみにこれ、高2の時の経験ですが。

で、何の因果か、これに近い経験私もう、ライトなやつだけで3回目なんですよ。

なので、今、明るく平和に暮らしてる自分、奇跡的だなとたまに客観的に、思ったりするんですが(゜ー゜;A

私は、どうも、人を受け入れる器が結構大きいみたいで、そのお陰ですごく慕ってくれる人も多いんですが、反面、負の部分をダイレクトにぶつけられることもすごく多いんですね。
つまり、慕ってくれることと、負の感情を生で投げつけられることって、僅差で紙一重なんですよ。
なので、その危険を孕んでいることは充分覚悟の上で私は、人との繋がりを大切に暮らしてるんです。ともすれば「全部あんたのせいや!」って罵詈雑言を投げつけられて去られたりもするんですが、私は黙って見送って戻ってきたらまた受け入れる、そういうふうにしています。
もし戻ってこなくても、元気でやってりゃそれでいいや、と、密かに生存確認だけしてたりね(笑)

でも、死にたい人に、私はすこしだけ言いたい事があります。
それは、人は一人では生きていないと言うこと。これは良くも悪くもです。
たかが1個人の存在、言動、自分ではそう思っていても実際はそうじゃない。
そして、生まれてくることを誰も選べないように、生き方も死に方も、すべてはエゴで選べることじゃないのです。なにか、逆らえない大きな流れがあって、その中で生きていくしか無い。
だけど、その大きな流れにまた、人は守られても居るのです。

当たり前に太陽が登り沈んで夜がくる、そんな当たり前のことに、生かされているのです。

だから、短い人生の中で自分がどうしたいか、ではなく、誰のために何のためになにができるのか、してあげれるのか、それを考えるほうがずっと、生きるのは楽になります。
ずっと深く、人とつながっている実感が持てます。

生きるのは辛い、ではなく、辛いこともまた、生きているから味わえるのだと、命のある最後の瞬間まで、生きていることを堪能して生きよう!と決めてしまえば、人生はそんなに悪くないなと感じられるようになります。

尊敬する小林静観さんの著書に
「海の素晴らしさを知らない魚を神様は釣り上げる。釣り上げられて苦しい時初めて、魚は海を見ることが出来る。「こんな素晴らしい場所に自分は居たのか」と気がつくことが出来る。そして、海に帰ったとき、もう「今より素晴らしい場所」を探さなくなる。それは「自分が今居る場所」がどんなに素晴らしいかに、もう気がついているから」
と言うお話があって、私はそのお話がとても好きなんです。

どうか今より素晴らしいどこか、自分を大切にしてくれる誰か、を探すより、今居る場所、今居る人を大切にしてみて下さい。一生懸命、出来る限り、大切にする努力を先ずはしてみて下さい。そうすればきっと、全てが変わり始めると思います。

私が守りきれなかった、大切な人達、これから守ると決めた大切な人達へ愛を込めて。




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